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渡部昇一の日本内閣史

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渡部昇一の日本内閣史
  • 著者:渡部昇一
  • 出版社:李白社/徳間書店
  • ISBN:9784198640248
  • 発売日:2015年9月16日
  • 2000円(税別)

<内容>

著者初めての試みとして初代の伊藤博文内閣から42代内閣鈴木貫太郎内閣までその内閣がどのような「人間関係」で成立し何を成し遂げどのような人間関係の確執で瓦解していったか。そしてそれはどのような時代状況で内閣は生まれたのか。著者は内閣を一つの「かたまり」として思考の論点を据え人物を360度の角度からとらえて活写する。

<目次>

まえがき
第1章:伊藤博文<第一次伊藤内閣>
「王政復古」か「王政維新」か
日本人の独創「岩倉遣欧使節団」の意義
第一次伊藤内閣の誕生まで
一国の宰相が内閣を辞して憲法制定に"全力投球"という異例
明治憲法が抱えていた致命的欠陥
第2章:黒田清隆<黒田内閣>
黒田清隆という男
黒田内閣は第一次伊藤内閣の閣僚を引き継いだ
黒田総理は「条約改正問題」の責任を取って辞表奉呈
第3章:山県有朋<第一次山県内閣>
山県の人となり
東洋最初の議会を開催
第4章:松方正義<第一次松方内閣>
松方内閣の主要メンバー
「大津事件」や品川内務大臣の「選挙大干渉」で墓穴を掘る
第5章:伊藤博文<第二次伊藤内閣>
第二次伊藤内閣は「元勲内閣」にして「超然内閣」
「袞竜の袖に隠れて」日清開戦に備える
三国干渉と明治天皇の詔勅
第6章:松方正義<第二次松方内閣>
薩摩+進歩党の連立「松隈内閣」
税率を上げようとした内閣は瓦解する
第7章:伊藤博文<第三次伊藤内閣>
伊藤博文は「政党政治への移行」を見抜いていた
第8章:大隈重信<第一次大隈内閣>
初の「政党内閣」が誕生!
尾崎行雄文部大臣は「共和国」演説で辞任を余儀なくされた
"怪物"星亨のクーデタで総辞職
第9章:山県有朋<第二次山県内閣>
山県の裏切りと伊藤の政友会設立
悪化する日露関係と「北清事変」
第10章:伊藤博文<第四次伊藤内閣>
わずか半年の命だった第四次内閣瞥見
第11章:桂太郎<第一次桂内閣>
ついに総理の座を掴めなかった井上馨
「日英同盟」締結の真相
日露戦争前夜の緊迫
お鯉さんは日本一の"あげまん"だ
日露戦争を支えた明治人の「気概」と「外交センス」
"幸運の女神"に好かれた将軍たちの「運」と「勘」
「早期終戦」をめぐって悩み続けた桂総理
憲政史上、最長在任期間を達成した桂太郎
第12章:西園寺公望<第一次西園寺内閣>
「西園寺の門地、松田の徳望、腹の辣腕」
内務大臣・原敬が辣腕を振るった
西園寺内閣にのしかかった韓国とアメリカの"黒い雲"
第13章:桂太郎<第二次桂内閣>
三年強の長期政権がスタート
日韓併合の流れを加速させた「伊藤博文暗殺事件」
日韓併合と「遺憾な関係」
従容として死を迎えた佐久間艇長の魂魄
関税自主権の完全回復を機に総辞職
第14章:西園寺公望<第二次西園寺内閣>
西園寺総理と桂総理の確執
倒閣に至った陸軍の二個師団増設問題
第15章:桂太郎<第二次桂内閣>
不人気だった第三次桂内閣
山本権兵衛の登場で「大正政変」へ
第16章:山本権兵衛<第一次山本内閣>
政治家は気力が大事だ
陸相・木越安綱の「勇気」を顕彰する
シーメンス事件で内閣総辞職
第17章:大隈重信<第二次大隈内閣>
「鰻香内閣」と大隈人気
第一次世界大戦と「対華二十一か条要求」の躓き
大隈に始まる「金権政治」
第18章:寺内正毅<寺内内閣>
「朝鮮内閣」そして「ビリケン内閣」
シベリア出兵と海軍の地中海派遣
米騒動で行き詰まり......辞任へ
第19章:原敬<原内閣>
わが国初の本格的な政党内閣
原内閣の対外政策
惜しんでも惜しみ足りない原敬の暗殺死
第20章:高橋是清<高橋内閣>
青天の霹靂で「居抜き内閣」
日英同盟を解消させた幣原喜重郎の"大罪"
大隈「国民葬」と山県「国葬」の落差
第21章:加藤友三郎<加藤(友)内閣>
陸・海軍の軍縮に邁進
加藤友三郎総理の病死直後、関東大震災が帝都を襲った
第22章:山本権兵衛<第二次山本内閣>
関東大震災異聞
後藤内務大臣の"大風呂敷"を畳んでしまった痛恨
虎ノ門事件の責任をとって総辞職
第23章:清浦奎吾<清浦内閣>
季節外れの「超然内閣」は半年もたずに崩壊した
短期政権が続く時代の危うさ
第24章:加藤高明<加藤(高)内閣>
治安維持法と普通選挙法制定の功績
再度の加藤内閣は「第二次内閣」ではなく「改造内閣」とされた
「宇垣軍縮」の波紋
英米の"悪意"を見抜けなかった幣原外交
第25章:若槻礼次郎<第一次若槻内閣>
大正天皇の崩御と「昭和」改元
不穏なシナ情勢と幣原外相の"軟弱外交"
内閣瓦解の引き金は片岡蔵相の湿原と銀行破綻
第26章:田中義一<田中内閣>
じつに鮮やかだった高橋是清蔵相の"火消し"
張作霖爆殺事件と「田中メモ」をめぐる"怪"
シナ大陸における日本軍の行動は「不戦条約」違反ではない
第27章:濱口雄幸<濱口内閣>
昭和天皇も満足された濱口内閣の始動
大失敗に終わった「金解禁」
ロンドン海軍軍縮会議に見るエネルギーの重傷性
「統帥権干犯」をめぐる攻防
帷幄上奏権という危険な"道具"
第28章:若槻礼次郎<第二次若槻内閣>
未遂に終わったクーデタ~「三月事件」
満州事変を引き起こした関東軍参謀たちの功罪
満州国建国はラストエンペラーの故地帰還である
軍の暴走を生んだ政治の停滞
第29章:犬養毅<犬養内閣>
不況下で暗殺および暗殺未遂事件が相次いだ
「満州国独立」の真実
5.15事件が残した禍根
第30章:斎藤実<斎藤内閣>
一種の「挙国内閣」がスタート
満州をめぐる激しい攻防
共産党を舞台に「転向」や「リンチ殺人」が続く
帝人事件に学ぶ「頑張リズム」
第31章:岡田啓介<岡田内閣>
「新官僚」と「皇道派」の登場
突如巻き起こった「天皇機関説問題」
2.26事件の行方を決めた天皇の一言
第32章:広田弘毅<広田内閣>
軍部への恐怖から軍部大臣現役武官制が復活した
「腹切り問答」で瓦解した広田内閣の評価は?
第33章:林銑十郎<林内閣>
「なにもせん十郎内閣」は「史上最も無意味な内閣」
第34章:近衛文麿<第一次近衛内閣>
世間の期待を背負って近衛内閣が発足
盧溝橋事件から第二次上海事変まで日本軍はつねに"受け身"だった
停戦を潰した"売国奴"尾崎秀実と愚かな「近衛声明」
「確乎たる信念と勇気とを缼いた近衛」
第35章:平沼騏一郎<平沼内閣>
元老・西園寺がしぶしぶ同意して内閣スタート
実は日本が勝っていたノモンハン事件
独ソ不可侵条約締結で"仰天総辞職"
第36章:安倍信行<阿部内閣>
なすことなく終わった「戦わぬ将軍」内閣
第37章:米内光政<米内内閣>
総理候補月旦
政党政治の死と軍部大臣現役制の弊害により内閣瓦解
米内総理・畑陸相の後日譚
第38章:近衛文麿<第二次近衛内閣>
貴族内閣、空転す
松岡外相の"暴走"で第二次近衛内閣は総辞職
第39章:近衛文麿<第三次近衛内閣>
一次から三次まで、近衛内閣の打つ手はすべてが裏目に出た
もしドイツがゼロ戦を百機持っていたら......
和平を探る動きと御製「四方の海」
「頂上会談」空振りで内閣総辞職
第40章:東條英機<東条内閣>
「皇族内閣」が一転して東條内閣スタート
日米開戦を決めた「ハル・ノート」
日本を「卑劣で狡猾な国」に貶めた駐米大使館員のたちの"大罪"
真珠湾攻撃・南雲司令官の"大ミス"
「戦艦大和」出陣で第二次世界大戦はドロン・ゲームにできた?
重光外相の発案で行われた有色人種の初のサミット「大東亜会議」
東條内閣を総辞職に追い込んだのは国務大臣・岸信介
第41章:小磯国昭・米内光政<小磯・米内連立内閣>
小磯総理がイメージしていた「フィリピン決戦→講和」構想
じり貧に陥った帝国陸海軍と小磯内閣
近衛上奏文が見抜いた「右翼=左翼」の実態
第42章:鈴木貫太郎<鈴木内閣>
昭和天皇から総理就任を懇願された唯一の人
「御聖断」を仰いだのは鈴木総理の賢明な判断であった
「徹底抗戦」が当時の空気だった
外務大臣・重光葵の大功績

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